不惑で上京

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リストラ解雇された後に、東京で再就職したブラック企業を退社した後に、実家に戻らされた田舎者の独り言。

重大事故の遺留物は一般公開すべきか。

ヤフーの見出し

重大事故 遺留物公開すべきか - Yahoo!ニュース

11/16(土) 23:42 共同通信

重大事故の遺留物、一般公開するかどうか 対応分かれる

産経新聞

 JR西日本が社員の安全教育に活用し、一般公開はしないとの素案を示した福知山線脱線事故の車両。事故の遺留物をめぐっては、当時の状況を直接的に伝えるものとして、社員の安全教育などに活用される場合が多い。ただ、一般公開するかどうかは、事故によって対応が分かれている。

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重大事故の遺留物、一般公開するかどうか 対応分かれる(産経新聞) - Yahoo!ニュース

11/16(土) 21:30配信産経新聞
 JR西日本が社員の安全教育に活用し、一般公開はしないとの素案を示した福知山線脱線事故の車両。事故の遺留物をめぐっては、当時の状況を直接的に伝えるものとして、社員の安全教育などに活用される場合が多い。ただ、一般公開するかどうかは、事故によって対応が分かれている。

(以下略) 

元の記事 

重大事故の遺留物、一般公開するかどうか 対応分かれる - 産経ニュース

2019.11.16 21:23産経WEST

 JR西日本が社員の安全教育に活用し、一般公開はしないとの素案を示した福知山線脱線事故の車両。事故の遺留物をめぐっては、当時の状況を直接的に伝えるものとして、社員の安全教育などに活用される場合が多い。ただ、一般公開するかどうかは、事故によって対応が分かれている。

 昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故では、機体の一部や乗客の遺品などが東京都大田区にある「安全啓発センター」で一般公開されている。運輸業や製造業といった幅広い業界で社員の安全教育に利用されており、平成18年の開館から、今年10月までに25万人あまりが訪れた。

 一方、12年の営団地下鉄(現東京メトロ日比谷線脱線事故では、実況見分後に事故車両の大部分を解体して処分。事故現場にあった鉄道設備の一部は保管して社員の安全教育に使われているが、一般公開はしていない。東京メトロの担当者は「遺族の心情に配慮した」と説明する。

 関西大社会安全学部の安部誠治教授(交通政策論)は「事故の遺留物そのものを見ることはインパクトがあり、安全啓発として意義のあることだ。遺族の心情に配慮することが第一だが、事故の教訓や安全は社会で共有すべきであり基本的に遺留物を一般公開することがのぞましい」と話している。 

 

JALの事故は、1985年(昭和60年)8月12日。34年前。

お盆休みの時期で満席だった。

 

JR西日本のは、2005年(平成17年)4月25日。14年前。

新社会人には初任給の日だった。

 

 

私は2011年(平成23年)に訪問した

安全啓発センター | 安全対策 | JAL企業サイト

は、当時は移転前で整備場前駅にあった。

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今、令和元年は平成31年なので、平成18年から13年経過。

25万人÷13年=1.9万人/年。

土日祝は休みでざっくり365÷7×5して、1.9万人÷260日=73人/日。

思いのほかの見学者数。

JALグループ 安全啓発センター 見学予約サイト - トップページ

 

JAL123便の520人のご遺族と4人のご家族の全員が

あの遺留品の数々の公開を希望したとは思っていないが

切り裂かれた圧力隔壁や折れ曲がった椅子など

本物の醸し出す雰囲気は、こんな私にも訴えかけるものはあった。

(遺書はカラーコピーだったが筆圧を感じる濃さだったはず)

 

それから何か月もたたずに

空路で東京と実家とを往復する生活となり

センターを横目に毎回ドキドキしながら空港に赴き

空路の利便性(時間)にお金を払ってきた。

 

 

 

福知山線脱線事故は、リアルタイムで関西人だった。

死者は107人、負傷者は562名もいて

私の友人の知人が死傷するなど、事故が身近な人は意外と多かった。

友人に同行する形だが献花もした。

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 現場は今は随分と様変わりしたようだが

尼崎脱線事故14年「安全見守って」 現場で初の慰霊式 :日本経済新聞

「やっと近くに」脱線事故から14年、現場で初の慰霊式:朝日新聞デジタル

当時を生きた関西人には少なくないトラウマには、なっていると思う。

(もし再度の高速化の要望があるなら、なっていないかも)

 

 

山間部と市街地、空と陸、死傷者数などに違いはあるが

公共交通機関での大きな事故ということでは

何らかの形で公開してもいいのかなとは思う。

公開すべきとまでは思わない。

 

今は社会復帰されている生存者の方の手記は拝読したが

(書籍化されたが読者レビューが酷い)

600人近い生存者や、救助に協力した周辺住民などが

現場を思い出してPTSDを発症・再発するようなら

無理なのかなとも思う。

 

仕事や就活などでこの区間を利用した時に

人知れずに手は合わせたのも

何もかも皆、懐かしい。