福島県双葉町 午前0時に一部の避難指示解除 約11年半ぶり #nhk_news https://t.co/4bNIS9OBLP
— NHKニュース (@nhk_news) 2022年8月29日
なんで午前0時なんだろうね?
双葉町で初めて 帰還困難区域の一部の避難指示解除 #福島NEWSWEB https://t.co/KUMhXicEyX
— NHK福島放送局 (@nhk_fukushima) 2022年8月30日
双葉町で初めて 帰還困難区域の一部の避難指示解除|NHK 福島県のニュース
08月30日 06時32分
東京電力福島第一原子力発電所が立地し、すべての住民の避難が続いてきた福島県双葉町で30日午前0時に帰還困難区域の一部の避難指示が解除されました。
帰還に向けた避難指示の解除は、双葉町では初めてで、原発事故に伴う避難指示が出された12の自治体のなかで最後になりました。
福島第一原子力発電所が立地する双葉町は、11年前の原発事故のあと町の全域に避難指示が出され、すべての住民の避難が続いてきました。
双葉町は、面積と事故前の居住人口ともに、全体の95パーセントを比較的放射線量が高い帰還困難区域が占め、役場や中心市街地などもこの帰還困難区域に含まれていました。
このため、町は、JR双葉駅周辺の市街地を含む帰還困難区域5.5平方キロメートルについて特定復興再生拠点区域として国の認定を受け、除染やインフラ整備が進められてきました。
そして、30日午前0時に、避難指示が解除され、おととし先行して避難指示が解除された北東部の地区と合わせた7.7平方キロメートルで11年ぶりに住民が居住できるようになりました。
これらの地域には、先月末時点で町の人口の64%に相当する1449世帯3574人が住民登録しています。
帰還に向けた避難指示の解除は、双葉町では初めてで、避難指示が出された12の自治体のなかでは最後になりました。
ただ、避難の長期化で町に帰還する住民は一部にとどまるとみられ、今後、どのように町の復興を進めていくかが課題となります。
居住人口ゼロの自治体解消 福島県双葉町・復興拠点の避難解除 原発事故から11年5カ月 https://t.co/sa4D64OEDJ 福島民報 #fukushima #福島
— 福島民報 (@FKSminpo) 2022年8月30日
居住人口ゼロの自治体解消 福島県双葉町・復興拠点の避難解除 原発事故から11年5カ月 | 福島民報
2022/08/30 09:10
避難指示が解除され、JR双葉駅前に設けられた扉をくぐる人たち=30日午前0時15分ごろ
避難指示解除を前に、復興を願ってJR双葉駅前で行われたキャンドルナイト
政府は30日、東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域のうち、双葉町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示を解除した。原発事故から11年5カ月を経て、県内で唯一全町避難が続いていた町で居住が可能になり、全ての自治体で住民が暮らせるようになった。午前0時の解除に合わせたイベントが町内で催された。
JR双葉駅前で町民有志らによる「おかえりプロジェクト」が繰り広げられた。約2000個のキャンドルが並び、地域を照らした。参加者がカウントダウンして午前0時に「ただいま」「お帰り」と呼びかけ合った。駅前に設置された扉が開放され、町民らが扉をくぐって帰還を祝った。主催した福田一治さん(51)は「やっと目に見える形で復興のスタートが切れた。力を合わせて新たな町を作っていきたい」と期待した。伊沢史朗町長は「今日をきっかけに一歩ずつ前に進んでいきたい」と述べた。
復興拠点の避難指示解除は葛尾村、大熊町に続いて3例目。対象はJR双葉駅周辺など町の中心部約555ヘクタール。北東部の復興産業拠点など2020(令和2)年に先行解除された区域も合わせ、町の総面積の約15%に当たる約775ヘクタールが居住可能となった。7月末時点の町の人口は5574人で、約6割に当たる3574人が住民登録している。
町は2011(平成23)年、全町避難し、川俣町を経て埼玉県に移り、被災自治体で唯一県外避難した。2013年、いわき市へと移った。避難指示解除に先立ち、27日に町役場新庁舎が開庁した。9月5日から新庁舎で業務を開始する。
県内の復興拠点を巡っては、浪江町、富岡町、飯舘村が来年春の解除を目指している。
■帰還や移住・定住促進の施策が急務今後は住民帰還や移住・定住の促進に向けた施策が求められる。避難生活の長期化により、意向調査で帰還を考えている人は約1割にとどまる。準備宿泊の登録者数は7月末時点で延べ52世帯85人、避難指示解除まで継続的に登録したのは八世帯13人だけだ。町民のつながりをどう保つかが課題になっている。
町は双葉駅周辺で新たなまちづくりを進める。にぎわい創出に向けた商業施設建設などを検討している。駅西側に災害公営住宅などを整備しており、10月に先行して25戸が入居予定だ。隣接地に診療所なども設ける。
復興拠点外には7月末時点で2000人が住民登録している。政府は2020年代の希望者の帰還を目指しているが、住民から全域除染を強く求める声が上がる。町は今後も全域除染と解除に向けた具体的な施策の明示などを国に求めていく。
11年半ぶりに定住可能になったが…復興なお遠い福島県双葉町 町民の帰還見通せずhttps://t.co/85l4F6iPnK
— 東京新聞(TOKYO Web) (@tokyo_shimbun) 2022年8月30日
11年半ぶりに定住可能になったが…復興なお遠い福島県双葉町 町民の帰還見通せず:東京新聞 TOKYO Web
2022年8月31日 06時00分
東京電力福島第一原発(福島県大熊町、双葉町)の事故による放射能汚染で、全住民の避難が唯一続いていた双葉町の帰還困難区域の一部で30日、避難指示が解除された。事故から11年5カ月ぶりに定住できるようになったが、多くの避難者は移住先での生活が定着し、どれくらい人が住むようになるかは見通せない。
町は5年後の居住人口を約2000人とする目標を掲げるが、昨年度の住民意向調査では「戻りたい」と答えたのは11.3%で、「戻らないと決めている」と答えたのは60.5%に上った。今年1月からは、避難指示解除に向けて町民が自宅で寝泊まりして準備する「準備宿泊」を進めたが、登録したのは延べ51世帯84人にとどまった。
今回解除されたのは、帰還困難区域のうち、優先的に除染を進めてきた特定復興再生拠点区域(復興拠点)。JR常磐線双葉駅の周辺を含む555ヘクタールで、町の面積の約1割に当たる。ほかに、2020年3月に避難指示解除済みでインフラが未整備だった北東部(220ヘクタール)でも、居住が可能になった。居住可能エリアには、7月末時点で3574人の住民登録があり、町全体の6割を占める。
復興拠点外の帰還困難区域は、政府が29年までに希望者の自宅周辺を個別に除染して避難指示を解除する方針。しかし、除染の方法や時期などは未定だ。(小野沢健太)
◆崩れた家屋が残る街並み、人の息遣い感じられず…
広大な空き地の中に、崩れたままの家屋がポツンポツンとある。30日に避難指示が解除された福島県双葉町の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の街並みからは、人の息遣いが感じられなかった。幼稚園や小中学校などの教育施設もなく、将来を担う子どもの居場所もない。現地を歩き、復興までの道のりの険しさを見た。
双葉駅前に平日の昼に登場する移動販売車=いずれも30日、福島県双葉町で
東京電力福島第一原発から約4キロ北西のJR常磐線双葉駅。駅東側には新しい役場庁舎があった。昼ごろ、駅前にイオン東北の移動販売車が止まった。町内で日用品を買える唯一の手段だ。駅や近くの工事現場で勤める人たちが並んだ。
お弁当を買った小泉良空みくさん(25)=同県富岡町=は、駅で町案内の仕事をしている。「普通の町に戻るのは何十年もかかる。町に足を運んで知ってほしい」
今も埼玉県加須かぞ市で避難生活を続ける人の姿も。記念イベントを見に来た農業鵜沼久江さん(69)は「私はいつ帰れるのか」とため息。自宅は復興拠点から外れた帰還困難区域内で未除染だ。「政府は最初、全域を除染すると約束したのに勝手に変えた。避難者目線で考えてほしい」と憤った。
◆「揺れる気持ちあるが、戻らない」
新しい双葉町役場庁舎(右奥)の近くで傾いた住宅
駅から少し歩くと、屋根が崩れたり、傾いたままの家屋が空き地の中に点在していた。
さらに北へ400メートルほど離れたところにある空き地は、町内の東日本大震災・原子力災害伝承館の語り部として被災経験を伝えている今泉春雄さん(69)の自宅跡地。3年ほど前に解体し、今は福島県本宮市に家を建てた。車で1時間半かけて伝承館に通う。「揺れる気持ちはあるが、戻らない」と話し、「復興は若い世代に託したい」と願う。その思いを聞き、双葉北小学校に行ってみた。体育館のガラスは割れたままで、雑草が茂り、古びた自転車が校庭に並んでいた。近くのふたば幼稚園前の放射線量は毎時1マイクロシーベルトと、東京都内で測定した数値の10倍以上だった。
双葉北小学校は雑草が茂り、荒廃が進んでいた
◆幼稚園、小中学校は移転したまま
町教委によると、事故前にあった幼稚園と小中3校は、いずれも同県いわき市に移転し、町内での再開のめどはない。現状で子どもが帰還した場合、隣の浪江町などの幼稚園や小中学校に通うことになるという。朝田幸伸・教育総務課長(53)は「今後双葉に戻る子どもの人数を見て、町内での施設整備を検討したい」と話す。
福島第一原発が立地する双葉町のまちづくりは、不安定な事故収束作業の影響を大きく受ける。子育て世代が帰還しづらい環境の中、町の維持は可能なのか、疑問に思った。(増井のぞみ)
まずは、おめでとうございます。だよね。
福島県には、また行ってみたいな。
11月の太平洋は意外と穏やかやで思ったほど寒くなかった。
島根原発などの再稼働に、夏暑いの嫌だな・・・という本音もあって
実力で阻止するほどの気持ちは無いので、結局はひとごとなんだよね。
「原発で事故が起きると周辺はこうなる」と肌で感じたのは人生の収穫。
過労で辞めた元同僚、生き馬の目を抜く東京で元気に暮らしているだろうか。
放射性物質が降り注ぐことになるので(多分ね)
中国電力の本社に殴り込むかもしれないが
その時は本社機能と責任者・役員どもは、遠くに避難しているだろう。
病気の親を連れて遠くに避難することもできないので
自分らは残っても他は避難してインフラが止まるので、いずれ餓死する。
好きで戻った訳ではない実家で、ろくでもない死に方。嫌な人生のエンディング。
★