不惑で上京

★不惑で上京

リストラ解雇された後に、東京で再就職したブラック企業を退社した後に、実家に戻らされた田舎者の独り言。

帰京。3週連続。

岩国錦帯橋空港。


医療器具が発する警告音は、先週よりも格段に減り
そんなに寝られるワケもない簡易ベッドでも
それなりに寝られた。

先週は『しあわせのパン』と『グッモーエビアン!』の前半
今週は『グッモーエビアン!』の後半と『ALWAYS 三丁目の夕日’64』の
ノベライズ版を、横になりながら読破。
(父の居る病室は室内灯を点灯させていたの)
(消灯した患者さんの居る部屋もあった)


看護婦さんたちは約1時間毎の巡回で
管だらけ配線だらけの父の汗ふきやらセンサーの貼り替えやら
ありとあらゆる処置を忙しそうにしてくれていた。

寝ていても人が入って来れば気が付くので、体を起こすと
構わず寝てたらよいと言ってた。
(病院内なので家族がすることは何もない)


患者の容態・要望は、昼夜を問わず24時間営業。
医療業界の就労環境では
介護職員は定着率の低さだけが突出して話題となっているが
看護師もまた、過酷な重労働というのは、端から見ても分かった。
また
退院後、この一切合切の介助・介護を
母が毎日、それこそ父の症状が改善しないなら死ぬまで
ゴールか見えない状態の中で続けられるのか、不安はある。


延べ2日間しか泊まっていないが
チョット印象的だったのは
何人かの看護婦さんは、処置した最後に
七十を超えた父に”よしよし”して病室を出て行ってたこと。

意識レベルは改善しつつあるが、まだ曖昧。
それでも、顔を近付けば目を動かして追いかけるし
手を握れば握り返す。
決して植物人間の延命治療ではない。
そこは確認・確信できた。

医療業界が匙を投げる難病の合併する厳しい状況だが
医師も看護師も薬剤師もケアマネも誰もが
再び元の生活に戻すため、力を貸してくれている。
あとは本人次第だな。




お昼前に母と交代して帰宅。
昨夜のサンフレカープの試合結果を見てガッカリ・・・。
明るい時間に寝られるでもないが数時間の仮眠。
起きてカープの試合を見てウキウキ。


夕方に再び見舞って東京に戻る。

以前と比べ日が長くなった。

戻りの機材はB737-800。

例によって羽田空港が混雑しているということで
「ちょっと飛ぶのやめれ」と言われ出発が遅れた。


搭乗率は半分ちょっとの6割ぐらいかな。


浜松市沖合でのいつもの迂回も今日はやや大きかったし
房総半島まで来たら「ちょっと降りるのやめれ」と言われた。

着陸したらしたで「搭乗橋を使うのやめれ」と言われ
3週連続の、屈辱の沖止めバス移動。

しかし
ターミナルビルの端っこの搭乗口で降ろされ延々と歩かされるよりは
京急線やモノレールの駅に近いバス停まで運んでもらう方が
意外と便利・楽なのかも、と思えるようになった。




これ来週も見るよ。